スポーツ科学・理論 [基礎知識]

中長距離走トレーニングを考える②

◆トレーニングの目的と強度を考える◆

本サイトのトレーニング科学入門⑤「トレーニング負荷を決めるもの」でも量、強度、密度、複雑性がトレーニング負荷を決定する要因であるということをお話ししましたが、今回は、その決定要因の一つである強度と中長距離走トレーニングの目的との関係性について、もう少し深く皆さんと考えてみたいと思います。

トレーニング強度の指標には、重さ、高さ、スピード、パワーなど外的物理的な指標内的な、その中でも心拍数(HR)、血中乳酸濃度(La値)、最大酸素摂取量(Vo2max)など生理的な指標と主観的運動強度(RPE)などの心理的な指標があげられます。また、その指標においても、絶対値による絶対的強度と最大パフォーマンスに対する割合(%max)による相対的強度があります。相対的強度として広く利用されているのが、最大心拍数(HRmax)に対する運動時の心拍数の割合で表すことのできる%HRmaxです。簡易的に最大心拍数(HRmax)の推定値として、220-年齢が活用されており、運動時の心拍数をその推定値で割れば、その運動の強度%HRmaxは簡単に算出できます。心拍数に並び有酸素運動における相対的強度として活用されている%Vo2maxは、呼気分析器を用いたVo2max(最大酸素摂取量)の測定が必要となり、全ての中長距離ランナーが自身の最大酸素摂取量をはっきりと知ることは難しいと思います。ただ、3~4分で疲労困憊に至る運動強度の運動が最大酸素摂取量に相当すると言われていますので、1500mのベストタイムが100%Vo2max相当の走スピードとして推察することは出来ます。しかし、チャンスがあれば、一度測定してみていただければと思います。

 

中長距離走トレーニングにおける代表的な強度指標は、設定ペース(スピード)です。しかし、この設定ペースもやみくもに設定されているものではなく、%HRmax%Vo2maxなど、生理的相対的強度など運動強度とエネルギー供給システムとの関係性に基づく科学的根拠によって、トレーニングの目的に応じた適切な強度が設定されています。今回や前回の参考図書としてあげている「ダニエルズのランニングフォーミュラ」や「中長距離ランナーの科学的トレーニング」にも%HRmaxや%Vo2maxを基準としたトレーニングの目的に応じた強度の分類が詳しく書かれています。また、スマートウォッチのGarminを使った5つのZoneによるトレーニング分類も多くのランナーに活用されています。

ダニエルズのランニングフォーミュラでは、トレーニングの目的に応じて、心筋の強化毛細血管の発達筋・腱・靭帯・関節の強化を目的とするE(Easy)、Eの効果に加えて乳酸性作業閾値の向上を目的とするM(Marathon)、乳酸再生能力の向上を目的とするT(Threshold)、最大酸素摂取量の増大を目指すI(Interval)、そして無酸素性作業能の向上ランニングエコノミーの向上を目指すR(Repetition)の5段階にその適正強度が分類されています。

自身の自己記録からダニエルズ理論に基づくトレーニングカテゴリーにおける適正ペースを簡単に算出できるアプリVDOT calculatorもありますので、興味のある方はお試し下さい。

一方、中長距離ランナーの科学的トレーニングでは①有気的コンディション、②無気的コンディション、③有気的キャパシティ、④無気的キャパシティの4段階に分類されています。期待される効果は、順に①心筋の強化毛細血管の発達筋・腱・靭帯・関節の強化、②乳酸性作業閾値の向上、③最大酸素摂取量の増大、④乳酸緩衝能力の向上となっています。

これら2つだけでなく、リディアードのランニングバイブルほか有名なトレーニングシステムの多くが、トレーニング目的とそれに応じた生理学的相対的指標に基づく段階的な強度分類になっています。これらの中長距離走トレーニングの目的と課題および、それに基づくトレーニング強度と手段を改めて検討してみました。

心筋の強化、毛細血管の発達、ミトコンドリアの増大、脂質代謝促進などを目的としたⅠ.基本的有酸素能力の強化をベースに、Ⅱ.乳酸性作業閾値の向上Ⅲ.乳酸再利用能力の向上Ⅳ.最大酸素摂取量の向上Ⅴ.超最大でのエネルギー発揮能力の向上という生理学的身体適応に基づく5段階がしっくりくるような感じです。当然、筋・腱・靭帯、関節の強化や高い走スピードを発揮し、維持する能力(=走技術)の獲得など、技術・スキルに関連するパフォーマンス要因は、全ての段階のトレーニング手段において取り組むべき課題です。

次に代表的な2つのトレーニングシステムにおけるそれぞれのトレーニング目的に適応した強度を参考に、上記の5段階の適正トレーニング強度を検討してみました。並べてみても、全体的に大きな感覚の違いは無いように感じます。

トレーニング計画を立てるにあたっては、必要な時に必要な効果を得るために、これらの資料をもとに目的に応じた適切な強度によるトレーニング手段を組み合わせていきます。目的に応じた強度とキーとなるトレーニング手段を適応させて表にすると以下のようになるのではないでしょうか。

ここで重要となってくるのが、心拍数や最大酸素摂取量を利用した生理的相対的指標を用いた適正な強度に対するトレーニングスピードの算出です。研究室での正確な測定値を知っていれば確実ですが、皆が簡単に測定できる環境にあることの方が稀な環境です。

私がトレーニング計画を立案する際には、ロングランを活用したⅠ、Ⅱの段階の強化にあたっては、強度よりも距離や時間などが重要となるため、最大心拍数の推定値を活用して決めた距離、時間をきっちり走り切れるトレーニングスピードを検討します。この段階においては、前述の自己記録からの算出アプリなどの活用も有効です。

一方で、Ⅲ・Ⅳ・Ⅴに相当するトレーニングスピードの設定には、目標タイムに必要なパフォーマンスの創造ということで下の換算表を良く利用します。これは、100%Vo2max相当の運動強度の走スピードが1500mに近いという説に基づいて、適正強度の%スピードを推定しており、ターゲット種目の目標タイムをベースにトレーニング目的に適応するトレーニングペース(%Vo2maxスピード)を当て込んでいきます。そして、レースまでの全体のイメージを馴染ましていきながら、最終的に微調整を加えて計画として共有し、選手のイメージとすり合わせていきます。これは、あくまでも私の立案方法と実感ですが、選手のイメージとあっている場合は上手く流れていくことが多く、凄くきれいな計画でも選手がイメージしきれない場合は、上手くいかないことが多いように感じます。

目標達成に必要なパフォーマンスを創造する作業(トレーニング)は生ものであり、その日の天候、選手のコンディション、トレーニングに費やせる時間など、外的、内的環境がその時々で変化していきます。その変化に対応するためのさじ加減は、経験と感覚が大事になってきます。目的は身体に対する必要な刺激なので、強度の数字に縛られる必要は全くなく、選手の反応を見ながらあくまでも基準値として活用していく程度が良いかもしれません。

次回は、今回お話しした目的やトレーニング強度によって様々に分類されるトレーニング手段のうちロングランについてお話ししたいと思います。

◆興味のある方はこちらも読んでみてください

 

この記事を書いた人
木路 コーチ
20年間、自身の競技と指導活動で大塚製薬陸上部にお世話になったのち、筑波大学大学院のスポーツマネジメント領域に進学し、高度競技マネジメントの研究に携わり、現在、大学生の長距離指導者としての人生を歩んでいます。 専門分野としては、コーチング学(目標論、方法論、評価論)とスポーツマネジメント学(組織論、強化システム論、企業スポーツ論、地域スポーツ論)となりますが、そんな堅苦しいことではなく、自分を育ててくれた「ランニング」で得たものを使って、何かしらの恩返しができれば良いと思っています。よろしくお願いいたします。

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