スポーツ科学・理論 [基礎知識]

中長距離走トレーニングを考える③

◆トレーニング手段を考える<ロングラン>◆

今回は様々なトレーニング手段の中からロングランについて考えてみたいと思います。ロングランとは、文字通り一気に長く走るトレーニング手段であり、ポイント練習とポイント練習をつなぐ回復や調整を主な目的としたリカバリーJogや、ペースを気にせずリラックスして長く走るLong Jog、更にペースを上げずに超長時間走るL.S.D、会話ができる程度の気持ちの良いペースでの快調走、会話を続けるのが少し難しくなるくらいのペースでの持続走が代表的です。

強度的には最大心拍数(HRmax)の85%程度までとあまり追い込んだという実感を得にくいトレーニングですが、このJog・L.S.D+快調走+持続走によるロングランでトレーニングの総走行距離の約7~8割を占めることとなり、中長距離ランナーの基本的有酸素能力や乳酸作業閾値の向上など、トレーニングに耐えうる身体の準備やレース距離を走り切る能力の強化においてかなり重要な、決しておろそかにできないトレーニング手段だと言えます。

Jogはその目的によって様々に形が変わり、リカバリーJogは、高強度のポイント練習とポイント練習をつなぐ回復や調整を目的としています。完全休養は、疲労除去に対して効果的ですが、体力低下も伴いパフォーマンスの危険性を同時にはらんでおり、中長距離ランナーにとっては120~140拍が目安となる60~70%HRmax程度のJogを用いた血流促進→酸素循環→筋損傷の修復・再生および乳酸の除去というサイクルによる積極的休養(アクティブリカバリー)という手法が有効です。

一方、心筋の強化毛細血管の発達脂肪代謝能力の向上などの身体適応による本格的なトレーニングに向けた基本的有酸素能力強化の準備を目的としたLong Jogは、2時間以上の継続運動毛細血管の新生を促進させる可能性をアップさせることが示されていたり、60%Vo2maxあたりでの長時間の継続運動効率よく脂肪を使う条件であると示されていたりすることから、Long Jogとしてのトレーニング効果を得るためには、60%Vo2max(≒65%HRmax)程度での最低90分以上が必要ではないかと思います。

いずれにせよ、心身共にリラックスして無理なく走れる芝生やオフロードのコースを持っていると有効です。

Jogよりさらにペースを落として長時間走ることを目指すトレーニングがL.S.D(ロング・スロー・ディスタンス)です。基本的には、60%HRmax程度の会話ができるくらいのペースでゆったりと周りの景色を楽しみながら、2時間~3時間ほどかけて行います。ゆっくりで構いませんので、一定ペースで継続して走ることを大事にしてください。そのためには、信号がなく、飽きの来ないリラックスできるコースを持っておくことも重要かもしれません。

目的としては、Long Jogと同じく本格的なトレーニングに向けた基本的有酸素能力強化の準備を目的としています。加えてL.S.Dだからこそ得られる効果として、中長距離ランナーにとってはかなりのスローペースを維持、継続することで強制的に脱力し、筋力を使えない状態を作り、筋力ではなく「重心移動」を使って効率的に進めるランニングフォームの獲得があげられます。また、超長時間のランニングで遅筋の疲労困憊状態を作り出し、中間筋、速筋の動員を引き出すことによって中間筋、速筋の強化の可能性も考えられます。これらの効率的なランニングフォームの獲得と中間筋、速筋強化の可能性から、しっかりとした取り組みを行えばL.S.Dがスピードを殺すというようなことは決して無いと言えます。

快調走は文字通り、会話ができるくらいのペースでの快調に走り切るロングランのことであり、最大心拍数の65%最大酸素摂取量(Vo2max)の60%あたりのペースが具体的な強度指標となります。ジャック・ダニエルズが言う65~78%HRmax程度のEasy Runや、アーサー・リディアードの言う最高安定状態(LT値あたり)の70~100%レベルで行う有酸素ランニングもこれにあたると考えられます。

目的としては、心筋の強化による体内に取り込んだ酸素の筋肉への運搬の効率向上、筋肉の毛細血管発達による運搬されてきた酸素の筋肉内への取り込みの効率向上、そしてミトコンドリア数および大きさの増大による筋肉に取り込まれた酸素を使った有酸素エネルギー生成能力の向上という、この後の専門的持久力トレーニングの土台となる基本的有酸素能力の強化となります。特に心筋の強化においては、心臓の収縮をできるだけ長時間繰り返すことが効果的だとされていますが、強度が高すぎると収縮時間が継続できず、また強度が弱すぎると必要な収縮時間が果てしない長さとなってしまいます。このことが、快調走が「追い込み過ぎず、会話ができるくらいの強度で」という根拠にもなっています。前述のダニエルズ・ランニングフォーミュラによると65%~78%HRmaxあたりの強度帯で心収縮が最大となるため、この強度帯でのロングランが心筋強化において有効な手段であるとも述べられています。

また、長時間継続したランニングによって筋、腱、靭帯、関節の強化に繋がり、ランニング障害に対する耐性の向上に繋がります。トレーニング場所に起伏や不整地を選択することによりその効果はさらに増大すると考えられます。

持続走は、ペース走Moderate RunTempo Runとも呼ばれる定常ペースでのロングランのことを指します。持続走のトレーニング効果は、強度よりも走行距離、時間などのトレーニング量に大きく影響されるため、設定距離を確実に走り切れるトレーニングペースの設定が重要になってきます。そのため、強度指標としては、最大心拍数の65~85%最大酸素摂取量(Vo2max)の60~80%と幅が広くなっていますが、「会話を続けるのが少し難しくなる」程度が目安とされます。リディアードのランニングバイブルにおけるSteady State Runやダニエルズ・ランニングフォーミュラにあるMarathon Run(M-Pace)もこの持続走に分類されるのではないでしょうか。

目的としては、快調走と同様の筋肉の毛細血管発達とミトコンドリア数および大きさの増大という遅筋の強化による酸素の筋肉内への取り込みとエネルギー変換の効率化と、それに伴う速筋(FTⅡa)稼働開始スピードの上昇(ラクテートカーブの右傾化=乳酸性作業閾値(LT値)の向上)という乳酸発生を抑える能力の向上を目指すこととなります。乳酸性作業閾値の向上は脂肪分解促進および糖分解抑制につながり、グリコーゲンの温存に有利に働きます。当然、長時間のランニングの継続ですので、筋、腱、靭帯、関節の強化によるランニング障害の耐性向上も快調走同様、重要な目的の一つにあげられます。

以上のロングランの目的とトレーニング強度および量の目安をまとめました。参考にしてください。

 

次回は、快調走や持続走においても有効な選択肢となるロングランとおよインターバルトレーニングをつなぐ手段として有効なB-up走、変化走についてお話ししたいと思います。

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この記事を書いた人
木路 コーチ
20年間、自身の競技と指導活動で大塚製薬陸上部にお世話になったのち、筑波大学大学院のスポーツマネジメント領域に進学し、高度競技マネジメントの研究に携わり、現在、大学生の長距離指導者としての人生を歩んでいます。 専門分野としては、コーチング学(目標論、方法論、評価論)とスポーツマネジメント学(組織論、強化システム論、企業スポーツ論、地域スポーツ論)となりますが、そんな堅苦しいことではなく、自分を育ててくれた「ランニング」で得たものを使って、何かしらの恩返しができれば良いと思っています。よろしくお願いいたします。

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