スポーツ科学・理論 [基礎知識]

トレーニング計画の作成(トレーニング科学入門⑬)

◆なぜトレーニング計画が必要なのか◆

前回までの12回でパフォーマンスに必要な体力、技術の獲得および最大発揮に向けたトレーニングを理解する上で必要な基礎理論をお話ししてきました。今回はそれらを基にしたトレーニング計画の立案について考えてみたいと思います。

まず、なぜトレーニング計画が必要なのでしょうか? アスリートとして競技を続けていく以上、目標はどんどん高くなり、必要となる体力、技術はより高度になっていきます。そして、その獲得のためには身体の限界ギリギリのトレーニング負荷とその継続が必要となり、それに伴う心身に対する危険性も高まります。もう、その日の気分や、思いつきでのトレーニングで対応できるレベルではなく、障害の危険性を回避し、効果を最大限に発揮するためには、医科学的根拠および中長期的な展望に基づいた計画的なトレーニングの実施が不可欠となるのです。

◆トレーニング計画立案の原則◆

トレーニング計画の立案は、まず① 何のために行うのか(目標)② 誰が行うのか(対象)③ いつまで行うのか(期間)④ どこで、何を、どのように行うのか(方法)を明確にすることが重要です。

いつまでに(期間)、どのような競技力が必要で(目標)、その競技力は現状とどのくらいのギャップがあり、それを埋めるために何を、どこで、どのように行うのか(方法)ということを検討し、場面を想像しながら種目(プログラム)、負荷(量×強度)、密度(強化+回復)を組み合わせ、目標達成に向けた設計図として具体化していくことが、トレーニング計画立案の作業となります。同じプログラムであっても、組み合わせや配列によってトレーニング効果は大きく異なってきますので、やるべきときにやるべきことをやるための綿密な細かい作業となります。

◆ピリオダイゼーション(期分け)◆

トレーニングによる身体適応と、それによって生じる疲労を予想した計画的なトレーニング負荷の変化によって、身体適応の促進と疲労の波をコントロールすることで、目標達成に向けてやるべきときにやるべきことができるようになります。この身体適応の促進と疲労の波のコントロールを目的とし、目標を達成するために計画的に処方された一連のトレーニングの時間的配列(サイクル)をピリオダイゼーション(期分け)と言います。

ピリオダイゼーションはオリンピックサイクルから競技人生全般にかけての超長期計画から、1回のトレーニングにまで分類されます。通常、トレーニング計画は、年間計画のような長期計画(マクロサイクル)を最初に立案し、それを軸に月間計画や目標試合単位の中期計画(メゾサイクル)、週間計画などの短期計画(ミクロサイクル)を構成・配列していきます。

ピリオダイゼーションに基づくトレーニング計画立案のメリットは、① 同じようなトレーニング負荷の長期継続によるパフォーマンスの停滞防止② 調子が良いからやる、疲れているから休むというような場当たり的な対応の排除③ 計画的な回復によるオーバートレーニングの危険性の回避④ トレーニング課題の集中による身体適応の効率化の4つがあげられます。

◆トレーニング計画の立案例◆

マクロサイクル(長期計画)の立案作業では、まず目標とする試合・レースを抽出し、その中での優先順位を決定します。次に1年間を目標試合を基にメゾサイクル(中期計画)に分割します。長距離選手は年間3~4レースの3~4か月スパンのとなるでしょうか。最後に目標試合の優先順位に従いメゾサイクルの強弱を設定し、1年間の大きな流れを作成します。

次にマクロサイクルの流れをもとに、目標試合ごとのメゾサイクルの流れを決めていきます。メゾサイクルは、そのサイクルの主要試合における目標に基づく、強化期(準備期)調整期(試合期)回復期(移行期)といった明確な目的によって構成されるミクロサイクル(短期計画)の集合体です。

 

強化期(準備期)は狙った試合に必要な競技力の受け皿としての身体と心の容量を100~120に増やし、そこに必要な競技力を入れ込む、言い換えれば、100Lの薬缶を内側から丁寧にたたきながら、次に必要な容量の120Lに広げて、120Lの水(競技力)を注ぎこんで満タンにするイメージでしょうか。

調整期(試合期)は、目標の試合で準備した120の競技力を100%発揮できるようにする、また薬缶で例えると120Lの水で満タンにした薬缶の蛇口を決められた時間(目標タイム)できっちり出し切ることのできる大きさの蛇口に調整するイメージを私は持っています。蛇口の大きさを間違うと、途中で水がなくなったり、余ってしまったりして使い切ることが出来なくなってしまいます。

そして、生理的・心理的疲労の回復と次のトレーニングへの準備という回復期(移行期)を経て、120に増やした容量を基準の100として次の強化期に臨んでいくことで、右肩上がりの競技力向上につながっていくと考えられます。

具体的には、疲労⇒回復⇒超回復という身体適応と超回復のメカニズムを理解し、目指す主要競技会に向け、計画した日付にパフォーマンスのピークを作るために、強化期、調整・試合期、回復期という目的に応じた日々のトレーニングを組み合せ、配列していくこと(ミクロサイクル)が、メゾサイクル立案において重要となってきます。

そして上記のようなメゾサイクルにおける各期の明確な目的に基づいた週単位の計画ミクロサイクルとなります。組み合わせや配列など、その構造と内容がトレーニング過程の質を決定すると言われるため、課題に対するミクロサイクルの目的の設定目的達成のための方法(トレーニングの特徴)の明確化トレーニング負荷(量、強度、密度)と優先順位の設定など大きな流れに基づいた綿密な検討が必要となってきます。

最後に、ピリオダイゼーションによるトレーニング計画を効果的に進めていくためには、日々のトレーニング目標を達成するための ① トレーニング機器の整備② やる気を起こさせる施設環境整備③ トレーニングの管理と適切な評価④ プログラム変更と目標値変更⑤ オリエンテーションとミーティング⑥ 現実問題への素早い対応など、様々な工夫と現実的対応もピリオダイゼーションにおける重要な要因となってきます。

次回のテーマは、トレーニングの評価としたいと思います。

この記事を書いた人
木路 コーチ
20年間、自身の競技と指導活動で大塚製薬陸上部にお世話になったのち、筑波大学大学院のスポーツマネジメント領域に進学し、高度競技マネジメントの研究に携わり、現在、大学生の長距離指導者としての人生を歩んでいます。 専門分野としては、コーチング学(目標論、方法論、評価論)とスポーツマネジメント学(組織論、強化システム論、企業スポーツ論、地域スポーツ論)となりますが、そんな堅苦しいことではなく、自分を育ててくれた「ランニング」で得たものを使って、何かしらの恩返しができれば良いと思っています。よろしくお願いいたします。

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