スポーツ科学・理論 [基礎知識]

最高の状態で試合を迎えるために(トレーニング科学入門⑫)

◆心技体の最終準備◆

狙った試合で目標を達成するためには、その期日に心技体それぞれを最高の状態(ピーク)に作り上げることが重要となってきます。今回は、このピークを作り上げること=ピーキングをテーマにお話ししたいと思います。

ピーキングとは、トレーニング負荷と心理的、生理的疲労のバランスに留意し疲労の波をコントロールしながら(コンディショニング)、技術、戦術を研ぎ澄まし、狙った試合にパフォーマンスのピークを合わせることです。

 

狙った試合にパフォーマンスのピークを合わせるためには、今までお話してきた通り、トレーニング間の回復スピードを上げて、いかに高い質のトレーニングを高密度で継続できるか、すなわち過度の疲労の蓄積に留意しながら体力の低下を可能な限り抑えることが肝となります。このトレーニングとリカバリーの組み合わせは、試合が近づけば近づくほどより戦略的に実施していかなければなりません。このトレーニングとリカバリーの戦略的な組み合わせの一つにテーパリングという手法があります。

このテーパリングとは、テーパード=先端を鋭くするという語源でもわかるように、非常に強度の高いトレーニング負荷を週に1~2回(密度20%程度)入れながら、10日から1週間かけてトレーニング量を1/2~1/3に徐々に減少させることによって、トレーニング負荷を保ち、体力レベルを維持しつつ、疲労除去の促進を目指す手法です。

このテーパリングの時期に入ると、トレーニング負荷が量から強度へバランス(5×2⇒2×5)が移っていくため、より試合に即した実践的トレーニング手段へ転換(トレーニングの質の向上)されていきます。その意味では、試合で活かされるパフォーマンスの最終的な研ぎ澄ましの期間であるとも言えます。

しかし、試合当日にパフォーマンスを最大限に発揮するためには、体力、技術、戦略・戦術の準備だけでは完ぺきとは言えません。ファウンデーションスキル、パフォーマンススキル、ファシリテーションスキルと言われる、自己管理・自己コントロールなどの心理的スキル(メンタルマネジメントスキル)の獲得も重要となります。これらの心理的スキルは生まれながらに備わっているものではなく、一定のトレーニングにより習得できるものといわれており、このスキルを習得するためのトレーニングがメンタルトレーニングです。

◆狙った試合に向けた最高の心理状態の創造◆

下の図のフローと呼ばれる、集中力が高まり、なおかつ適度にリラックスできている状態時間の感覚が無くなるほど競技に没頭しているような状態が、私たちが目指す、高いパフォーマンスを発揮できる心理状態であると言われています。最近よく聞かれるゾーンは、このフロー状態から一時的に発生する極限中の極限の集中状態であり、周囲の動きがスローに見えたりするような状態と言われています。このゾーン状態はトップアスリートでも到達することは難しい心理状態です。

この心理的フロー状態を創り出し、維持するためには適切な難易度のチャレンジが必要だと言われています。自身の競技力に対し設定した目標が高すぎると過剰な不安が生じますし、逆に目標が低すぎると簡単すぎて退屈や油断が生じてしまいます。ですので、狙った試合に向けた最高の心理状態(フロー)を創り出すためには、事前のしっかりとした競技力の準備と適切な目標設定が重要であるということがわかっていただけるかと思います。試合に向けた心理的な準備としては、試合前日までの一次準備と試合前日からスタートまでの二次準備があります。

一次準備は、しっかりとした体力、技術の強化やテストレースの結果などを通した心理的充実とプレッシャーなど心理的充実を阻害する要因の排除などの心理的準備に重点が置かれます。前者の心理的充実に対しては、練習日誌やチェックリストなどを活用した過去の実績との比較による自信の醸成などのセルフモニタリングが有効です。後者の心理的準備においては、試合状況を想定した予行演習(メンタルリハーサル)やルーティンの確立と予行演習が有効です。緊張やプレッシャーは、未知のものや失敗などに対する不安から生じるものだといわれており、しっかりとした体力、技術の準備と的確な目標設定による自信の醸成に加え、メンタルリハーサルなどによる不安の除去が効果的であると考えられます。

一方、スタートまでの二次準備は、フロー状態の形成に向けた緊張や興奮のコントロール(サイキングアップ+リラクゼーション)が中心となってきます。代表的な手法としてサイキングアップには闘志を掻き立てる音楽や映像の活用、リラクゼーションには呼吸法や穏やかなイメージの活用があげられます。

もう一つ二次準備で重要なのが、戦闘態勢に入るための集中スイッチとしてのルーティンワークです。これはそれほど難しいものではなく、これを行うと気持ちがグッと戦闘態勢の準備に入っていくアクションであれば良いと思います。ただし、それが出来なくて逆に不安、ストレスになるようでは意味がありませんので、特別なアクションではなく、いつでもどこでも当たり前のようにできるアクションであることが重要です。以下に陸上競技の大会を例にしたルーティンワークを提示しておきます。

メンタルトレーニングの技法は、前述のサイキングアップやリラクゼーションだけでなく、モチベーションコントロールや集中力を高める方法など様々あります。この韋駄天ランニングアカデミーにもスポーツ心理学の専門家の先生に協力いただいていますので今後、より専門的なお話がアップされると思います。ご期待ください。

◆最高の状態で試合を迎えるために◆

以上のことから、最高の状態で試合を迎えるためには、やり残したことがない体力、技術トレーニング、それに基づく戦略、戦術に裏打ちされた適切な目標設定、そしてそれらの完ぺきな準備から生み出される自信が必要であるということが明確となりました。このような完ぺきな準備があって初めて、自身のパフォーマンスがどこまで通用するのだろうという試合を楽しむ状況になれるのだと考えます。

最後に「準備というのは、言い訳の材料となり得るものを排除していくこと。その為に考え得る全てのことをこなしていくこと」というイチローさんの言葉で今回の内容を締めたいと思います。 

次回は、トレーニング計画の作成をテーマにしたいと思います。

この記事を書いた人
木路 コーチ
20年間、自身の競技と指導活動で大塚製薬陸上部にお世話になったのち、筑波大学大学院のスポーツマネジメント領域に進学し、高度競技マネジメントの研究に携わり、現在、大学生の長距離指導者としての人生を歩んでいます。 専門分野としては、コーチング学(目標論、方法論、評価論)とスポーツマネジメント学(組織論、強化システム論、企業スポーツ論、地域スポーツ論)となりますが、そんな堅苦しいことではなく、自分を育ててくれた「ランニング」で得たものを使って、何かしらの恩返しができれば良いと思っています。よろしくお願いいたします。

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