スポーツ科学・理論 [基礎知識]

中長距離走トレーニングを考える①

◆中長距離走トレーニングの基礎理論◆

トレーニング科学入門全15回で、トレーニング全般の基本的な考え方をお話ししてきました。それをもとに中長距離走トレーニングを考えると題して中長距離走のトレーニングに特化したお話しをしていければと考えています。第1回の今回は中長距離走トレーニングの基礎理論をテーマといたします。

中長距離走とは、自らの身体を決められた距離に速く移動させる種目であり、そのパフォーマンスを構成する要因は、①レース距離を走り切る能力②レーススピードを維持する能力③走りの経済性の向上となります。したがって、中長距離走のトレーニングの目的は、トレーニングに耐えうる身体の準備に基づいた効果的な上記の3つの要因の強化それらを最大限に有効化するための戦略的コンディショニングを通した自らの身体を決められた距離に速く移動させるという能力の創造であると言えます。

中長距離走トレーニングの構造設計において、そのベースとなるのが、身体の容量(器)を増やし、発揮できる力を高めることによる目標達成に必要なトレーニングに耐えうる身体の準備です。具体的には、筋力や呼吸循環器系の強化による専門的トレーニングの準備になります。適切な筋力の強化は、高いスピードを発揮し維持できる走技術の獲得に向けたトレーニングの土台となり、呼吸循環機能の強化は、この後に段階的に取り組んでいく有酸素性、無酸素性それぞれの専門的持久力トレーニングの土台作りに繋がります。

また、筋、腱、靭帯の強化や関節可動域の拡大によるケガの防止も重要な目的となります。ケガの発生は心肺機能のキャパシティが筋力のキャパシティを上回り、身体(筋力)の限界を超えて頑張ってしまう場合に多くなると言われています。ケガを繰り返している選手は、一度自身のトレーニングへの準備状況を見直してみてください。目標を達成するために必要なトレーニングの時間、距離、強度に耐えうる身体の準備は出来ていますか?

トレーニングに耐えうる身体の準備がしっかりできた上で、乳酸製作業閾値(LT値)の向上や最大酸素摂取量の増加など有酸素性および無酸素性の専門的持久力向上を目指したレース距離を走り切る能力レーススピードを維持する能力の強化が始まります。

レース距離を走り切る能力の強化は、主に毛細血管網の発達やミトコンドリアの増加など遅筋の強化による筋肉内への効率的な酸素の取り込みとエネルギー変換の効率化という有酸素エネルギー供給システムの強化を目指すこととなります。一方、レーススピードを維持する能力の強化は、体内に取り込む酸素量の増大取り込んだ酸素の筋肉への効率的運搬を目指した呼吸循環機能の向上と毛細血管発達やミトコンドリア増加など速筋の強化(遅筋化)による乳酸の再利用(酸化)能力の向上という有酸素系、無酸素系エネルギー供給システムの強化が主な目的となります。

レース距離を走り切る能力とレーススピードを維持する能力を融合させるために必要な要因が、レーススピードの余裕を生み出す走りの経済性の向上です。最大の目的がエネルギー発揮の最大量を上げることと、消費エネルギーの節約することの両方によるレーススピードにおける酸素摂取量の減少です。

エネルギー発揮の最大量を上げる、すなわち超最大でのエネルギー発揮能力の向上には、最大酸素摂取量の増大、乳酸発生の最大値増大、 酸素利用によるクレアチンリン酸の回復能力向上(ATP-PC系)などの有酸素系+無酸素系エネルギー供給システムの総合的な強化が重要となってきます。一方、自らの身体を決められた距離に速く移動させるという中長距離走の消費エネルギーは、体重×移動距離で算出されます。レース距離が決まっている以上、消費エネルギーの節約に向けては過体重を防ぎ適切な体重で臨むことが有効な手段となります。加えて、少ないエネルギーで高い走スピードを発揮・維持する無駄のない走動作の獲得も必須条件です。

さあ、ここまできたらあとはトレーニングの質の向上とピーキングによる蓄えた力をレースの当日に思い通りに発揮し、使い切る準備をするだけです。トレーニングの質の向上は、対戦相手や天候などのレースに関する情報収集および分析によるレース戦略の確立とレース戦略に基づくシミュレーションから成り立ちます。そして、テーパリング等の手法を用いて体力要素と疲労をコントロールすることにより、レース戦略を最大限に有効化するための身体的準備を行います。

トレーニングシステムの構造設計のイメージとしては上図の通りです。ベースとなる身体の準備をしっかり行い、強化期間の前半期は個々のパフォーマンス要因を丁寧に強化していき、徐々にレース環境に近づけながらそれぞれのパフォーマンス要因をレースの形に統合していきます。そして、戦略も心身のコンディションも準備万端の状態でレースを迎えるという構造となります。そして、そのトレーニングの構造設計に基づいて、必要な方法を用いて、必要なタイミングで、必要な負荷を与えられるようトレーニング計画を組み立てて行きます。目的と強度によって鍵となるトレーニングの手段は様々です。

次回は、目的にあわせたトレーニング強度の選択について皆さんと考えてみたいと思います。

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この記事を書いた人
木路 コーチ
20年間、自身の競技と指導活動で大塚製薬陸上部にお世話になったのち、筑波大学大学院のスポーツマネジメント領域に進学し、高度競技マネジメントの研究に携わり、現在、大学生の長距離指導者としての人生を歩んでいます。 専門分野としては、コーチング学(目標論、方法論、評価論)とスポーツマネジメント学(組織論、強化システム論、企業スポーツ論、地域スポーツ論)となりますが、そんな堅苦しいことではなく、自分を育ててくれた「ランニング」で得たものを使って、何かしらの恩返しができれば良いと思っています。よろしくお願いいたします。

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