スポーツ科学・理論 [基礎知識]

疲労回復とライフスタイル(トレーニング科学入門⑨)

◆パフォーマンスとライフスタイル◆

前回、パフォーマンス向上の鍵となるのは、タイミング良く必要なレベルのトレーニング負荷を与え、その負荷レベルに見合った回復(身体適応)期間とのバランスを上手く取りながら、予想された疲労として疲労の波をいかにコントロールできるかであるとお話ししました。継続的な体力トレーニングの効果を得るためには、過負荷の原理に基づいて負荷を増大させ続けなければなりませんが、予想外の疲労はパフォーマンス低下(非機能性オーバーリーチング)を招くこととなります。

高い負荷のトレーニングを高密度でかつ予想外の疲労を蓄積させずに継続的に入れられるかは、いかにトレーニング間の回復・再生(リカバリー)のスピードを上げられるかが重要となってきます。リカバリーのサイクルは、下図のようにトレーニングによって破壊された筋細胞や消費されたエネルギーを修復、補充する食事、睡眠という適切なライフサイクルが基本となります。

この適切なライフスタイルが整ってこそ、はじめてサプリメントやマッサージなどの戦略的なリカバリー法が更なる回復スピードの促進に有効となるのです。パフォーマンスにとって食事、睡眠という基本的なライフスタイルがいかに重要かということをマズローの欲求5段階説というもので説明したいと思います。

◆マズローの欲求5段階説◆

マズローの欲求5段階説とは、人の欲求は生理的安全と安定所属と愛情尊厳(承認)自己実現の5つの欲求で構成されていて、生理的欲求を最低次とし、低次から高次の欲求へ随時移行していくという説です。ここで重要となってくるのが、低次の欲求が満たされない限り高次の欲求への移行は起こらないということです。

つまり、食欲や睡眠欲など最低次の生理的欲求が満たされない限り、チームに貢献したい(所属と愛情)、賞賛を得たい(尊厳・承認)、最高のパフォーマンスを発揮したい(自己実現)などという高次の欲求が生まれることは決して無く、適切な食事や睡眠という基本的なライフスタイルがパフォーマンスに直結するということを示しています。

◆リカバリーと食事◆

さて、回復・再生(リカバリー)に向けた適切なライフスタイルの柱のうちのひとつである食事について考えてみたいと思います。

アスリートの食事という特別な魔法のセットメニューがあるわけではありません。人間が健康に生活をしていくために必要なバランスの良い3食(朝食・昼食・夕食)をベースに、体重減量・増量、カーボローディングなどの種目特性やトレーニング状況に応じた栄養素の補充をプラスしながら、トレーニングを中心とした生活リズムの中にタイミング良く取り入れていくことが基本となります。

特に強化期において、通常より負荷の高いトレーニングが続く時期には、トレーニングによって生じる①消費エネルギーに見合った糖質+タンパク質の補充②筋損傷の速やかな修復のためのアミノ酸補充③体重減少量相当の水分+ミネラルの補充を、より速やかに適切なタイミングで行う必要があります。

◆リカバリーと睡眠◆

次にリカバリーにおけるもう一つの柱、睡眠についても考えてみたいと思います。

トレーニングによって損傷した筋組織の修復には成長ホルモンが重要となってきます。この成長ホルモンは睡眠中に分泌量が多くなり、特に22:00~2:00頃までのの4時間に急激に増加することが知られており、この4時間が睡眠のゴールデンタイムと言われる所以となっています。また、入眠から2時間で一気に分泌量のピークを迎えることから、少なくてもゴールデンタイム開始の22:00頃には布団に入り寝る準備をすることが大事になってきます。

また、アスリートはリカバリーに対して一般の人々よりもより多くの睡眠時間が必要であり、その必要な睡眠時間はトレーニングの負荷により決定されます。目安としては、昼寝も含めて平均9~10時間と言われています。

睡眠の時間とともに睡眠の質もリカバリーにとって重要となってきます。スマホや、パソコン、テレビの光は脳を活性化してしまうため、就寝前は極力避けた方が良いです。また、体温変化の落差が大きいほど寝つきが良くなると言われるため、入浴のタイミングと寝室の室温(28℃以下)のコントロールも重要です。

以上のことから、健康で適切なあたりまえのライフスタイルの中心に日々のトレーニングが入り込んでいるものがアスリートのライフスタイルであり、何も特別なものではないということがわかっていただけたのではないでしょうか。逆に言うと、この特別なものではないライフスタイルを当たり前のように徹底していけなければパフォーマンスの向上は無いとも言えるでしょう。

次回は、リカバリーのスピード向上を目指した戦略的リカバリー法についてお話したいと思います。

この記事を書いた人
木路 コーチ
20年間、自身の競技と指導活動で大塚製薬陸上部にお世話になったのち、筑波大学大学院のスポーツマネジメント領域に進学し、高度競技マネジメントの研究に携わり、現在、大学生の長距離指導者としての人生を歩んでいます。 専門分野としては、コーチング学(目標論、方法論、評価論)とスポーツマネジメント学(組織論、強化システム論、企業スポーツ論、地域スポーツ論)となりますが、そんな堅苦しいことではなく、自分を育ててくれた「ランニング」で得たものを使って、何かしらの恩返しができれば良いと思っています。よろしくお願いいたします。

RELATED

PAGE TOP