スポーツ科学・理論 [基礎知識]

技術トレーニングの基礎理論(トレーニング科学入門⑪)

◆技術向上の過程と動きの変容◆

第11回となる今回は、技術獲得のためのトレーニングを理解する上での基本的な情報を提供したいと思います。

体力トレーニングの効果は、トレーニング期間での疲労期間から回復期間を経た後に、遅れて出てくるという特徴をお話ししました。一方、技術トレーニングは新しい技術を獲得する前に、今までの技術を一度消却する必要があります。そのため、新しい技術の獲得過程は試行錯誤の繰り返しによる混沌状態となり、一時的なパフォーマンスの停滞、低下を引き起こすこととなります。この一時的なパフォーマンスの停滞をプラトーと呼びます。しかし、このプラトー状態から感覚の変化(気づき)が起こった瞬間に、一気にパフォーマンスの向上がみられます。この感覚の変化(気づき)そのものが技術トレーニングの効果であり、気づきが起こった瞬間に即時効果が現れることが特徴です。したがって、プラトーと呼ばれるパフォーマンスが一時停滞する踊り場状態は、更なる技術の進歩に必要不可欠なものであり、言い換えればどんなに才能がある選手でも避けて通れないものだと言えます。

この気づきによって、動きの正確性が向上し、より正確な技術(動き)の反復が可能となり、身体各部に的確な刺激を入れることができるようになります。その結果、さらに高度な体力トレーニングが可能となるというようにハードウェア的要因(体力)とソフトウェア的要因(技術)の双方を螺旋状に高め合うことによって動きの変容が引き起こされると考えられます。

◆技術とスキル(技能)◆

ところで、皆さんは技術とスキル(技能)の違いは何だと思いますか? 大まかにいうと、技術はその運動のやり方を指し、解説本やマニュアルなど客観的な言葉によって残していけるものであり、スキル(技能)とは、人の中に宿っているコツや感覚と評される能力を指し、言葉で伝え残していくことが難しいものとされています。

選手として実績を残していても、指導する立場になれば皆が成功するとは限らないということを表す名選手、名監督にあらずという言葉があります。これは、自分の感覚やコツを上手く表現できず、選手に伝えきれないという指導者としての未熟さを表す言葉でもありますが、指導者が持つ感覚やコツを選手が感じ取る観察力や感性力を問うている言葉でもあり、技術は見て、盗めという言葉にも通ずるものだと感じます。つまり、特にスキル(技能)の伝承には、選手、指導者双方の表現力、観察力、感性力の養成が重要であると言えるのではないでしょうか。

この言葉にしにくい感覚、コツを表現する手段の一つにスポーツオノマトペと呼ばれる擬音、擬態語があります。

助走から踏切りのタイミングを「タッ、タ、ターン」表したり、ゴルフのスイングのリズムを「チャー、シュー、メーン」と表したりするのを聞いたことがある方も多いと思います。指導者は常に選手に伝わりやすいスポーツオノマトペの選択を心がけなければなりませんし、選手もその擬音が表すタイミング、動作を身体で理解する感性力を養っていかなければなりません。選手と競技者の間に、このオノマトペの受け取り方にズレがあると、その技術やスキルの継承が上手くいかない状況が生じてしまいます。

◆運動イメージの重要性◆

スポーツにおける身体活動は、 100以上の関節から成り立つ複雑なつくりの身体を適切なパターンで瞬間に動かすこと、かつ、目まぐるしく変化する状況に対し、臨機応変に身体の動きを変化させ、柔軟に対処するという非常に複雑な作業となっています。

そのためには、視覚触覚筋感覚、平衡感覚聴覚からの身体運動に関する膨大な情報を瞬間的に処理していかなければならず、目標とする運動をどのように実施するかという計画書にあたる運動イメージの確立が重要となってきます。運動イメージの種類としては、外からビデオを見ているような視点での客観的イメージ実際に運動している内からの視点での主観的イメージ、実際に何かに触れているなどの触覚によるイメージ、この筋肉を使っているなどの筋感覚、回転している、身体を捻っているなどの平衡感覚によるイメージが代表的です。この目標となる運動イメージと現実の運動との差が、運動修正への効果的な手掛かりとなります。その手掛かりを得るためには、イメージの質(正確性)の向上効果的なフィードバックが重要です。

イメージの質の向上においては、視覚からの情報として目標とする技術の正確なモデルが必要となります。だからこそ、運動神経の発達が活発で様々な動き・スキル獲得に最適なキッズ・ジュニア世代に対して、正確な技術を見せ、伝えることのできるトップアスリートの指導の機会が重要になってくるのです。

一方、効果的なフィードバックとしては、映像や測定データ、指導者からのコメントなどの他者的観察視点によるフィードバックと自身で感じることができる内からの感覚的情報による自己的観察視点によるフィードバックです。

内外両面からの情報を理解し、イメージ上の自身の動きと実際の動きとの一致あるいはズレを理解し、次の運動を調整して目標とする運動との誤差を小さくしていくことで、運動技術が高度化されていくと考えられます。

以上のことから、技術トレーニングとは、求める技術・スキルを気付かせ無意識化自動化できるまで身体に覚えこませることであり、そのためには、長時間にわたる反復練習が必要となります。それでも、気づきが起こらなければ、厳しい言い方ですが技術向上が臨めない場合もあると言うことです。

◆10年・10,000時間の法則◆

スポーツ、音楽、文学、科学など、あることに卓越しようとした場合に、10あるいは10,000時間が必要であるという法則が存在します。何れかの分野で一流になるためには、単純に毎日3時間(10,000時間÷10年÷365日=2.74時間)の技術・スキル習得のための取り組みを10年間休みなく続けていかなければならないということになります。

このように、技術トレーニングは、決して楽なものではなく、ある意味、体力トレーニングよりもキツく、精神力と体力が必要な厳しいものだと言えます。

次回は、いかに最高の状態で試合に臨むかをテーマにしたいと思います。

この記事を書いた人
木路 コーチ
20年間、自身の競技と指導活動で大塚製薬陸上部にお世話になったのち、筑波大学大学院のスポーツマネジメント領域に進学し、高度競技マネジメントの研究に携わり、現在、大学生の長距離指導者としての人生を歩んでいます。 専門分野としては、コーチング学(目標論、方法論、評価論)とスポーツマネジメント学(組織論、強化システム論、企業スポーツ論、地域スポーツ論)となりますが、そんな堅苦しいことではなく、自分を育ててくれた「ランニング」で得たものを使って、何かしらの恩返しができれば良いと思っています。よろしくお願いいたします。

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