筑波大学箱根駅伝チーム2022年度卒業の岩佐一楽さん(体育専門学群 体力学 鍋倉研究室)のカーボンプレート内蔵シューズ着用が、屋内でのトレッドミル走と屋外ランニングにどのような影響を及ぼすかを検討した卒業論文を紹介させていただきます。
キーワード:長距離ランナー、トレッドミル走、ランニングエコノミー、バイオメカニクス的変数、カーボンシューズ 抄録原本はこちら
【目 的】
長距離走における走パフォーマンスは、最大酸素摂取量、走の経済性(ランニングエコノミー)、乳酸性代謝閾値の3つの有酸素性エネルギー代謝能力によって大部分が説明できることが知られている。
このうちの走の経済性は、ある走速度をいかに少ないエネルギーで走行できるかという能力である。一般には単位時間当たりまたは単位距離当たりの酸素摂取量で評価され、数値が小さいほど能力が優れているという評価となる。
陸上長距離選手の全身持久性能力を表す生理学的指標を測定するために,天候や気温の影響をうけにくく、走行の条件を統一しやすい利点から、トレッドミル上でのランニングがよく用いられる。
一方で、屋外でのランニングでは風の影響を受け、前に進むための抵抗が生じるが、屋内のトレッドミル走ではその抵抗が少ないため、同速度を走行する際に必要なエネルギーが屋外走行よりも少なくなり、エネルギーコスト(EC)が低くなると言われている。そのため、ランニングパフォーマンス評価の精度をより高くするためには、屋外と屋内の走行時に必要なエネルギーを可能な限り同じにする必要があると考えられる。
そこで、Jonesら(1996)は屋内での様々な傾斜をつけたトレッドミルによるランニングと屋外のランニングを比較し、1%の傾斜をつけたトレッドミルでのランニングが、屋外のランニングの酸素消費量と最も近く、同じエネルギーコストで走行できることを明らかにした。
Jonesらの発表以来、トレッドミルで生理学的変数の測定を行う際に+1%の傾斜をつけることがスタンダードになっている。しかし、選手の中には、同速度の屋外でのランニングと比較して、+1%の傾斜のトレッドミルでのランニングの方が強度が高いという声もあることも事実である。
その原因として、Jonesらの研究から30年近く経過した現在において、使用されるシューズが当時と異なっていることがあげられる。2017年7月のナイキによる炭素性の弾性に富んだ板(Carbon fiber plate:CFP)をソール部に内蔵されたシューズのリリースをきっかけに、他メーカーも追随し、箱根駅伝ではCFP内蔵シューズの着用率は90%を超えている状況である。
従来のシューズとCFP内蔵シューズの性能を比較する研究も行われており、カーボンプレートを内蔵することで、ミッドソールの弾性が改善され、従来のシューズと比較し、ストライドが伸び、REが改善されることが明らかになっている。しかし、このシューズの効果がトレッドミルと同様に屋外でも発揮されるのかはまだ明らかになっていない。
つまり、CFP内蔵シューズの使用によって、屋外とトレッドミルの走行における生理学的およびバイオメカニクス的応答がJonesら(1996)の結果と異なる可能性が考えられる。
本研究の目的は、屋外と1%の傾斜をつけたトレッドミルにおけるランニング時の生理的応答とバイオメカニクス的変数を近年ロードレースにおいて広く使用されるようになったCFP内蔵シューズ着用の条件にて評価することである。あわせて、トレッドミルによる測定の留意点が明らかになると同時に,近年ロードレースで頻繁に使用されるCFP内蔵シューズの特性がより明らかになるものと期待される。
【方 法】
陸上競技長距離 (5000m~ハーフマラソン) を専門とする男子大学生9名を対象とした。データが欠損してしまった選手を除く8名の5000mのシーズンベストタイムは14分34秒であった。
本実験は、1%の傾斜をつけたトレッドミル(ORK-7000,大竹ルート工業,日本)と屋外の陸上トラックで一定速度の走行を、屋外と屋内の順序をランダムに5~10分の十分な休息をあけて連続して実施した。
10分程度の屋外でのウォーミングアップを行い、身長、体重を測定した後、テストに移った。屋内でのテストは15km/hの速度で5分間、18km/hの速度で4分間トレッドミル上を走行し、屋外でのテストは、1周400mの陸上競技場のトラック1レーンを、「K5」というウェアラブル呼吸計測システムを背負った状態で、15km/h、18km/hの一定のペースで走行できるよう検者が自転車で伴走し、それぞれ1200m走行した。
測定項目は生理学的変数とバイオメカニクス的変数とし、統計処理にはT検定を用いて、すべてのデータを平均値±標準偏差で表し、各変数を屋外ランニングとトレッドミルランニングで比較分析した。
【結果と考察】
まず、生理学的変数については、どちらの速度においても、酸素摂取量(VO₂/W)、O₂コスト(COT)、ランニングエコノミー(RE)、主観的運動強度(RPE)および心拍数(HR)で屋内トレッドミル走の値が屋外トラック走の値よりも高い値となり、18km/h走行の心拍数を除いて有意な差がみられた。これらの各生理学的変数が屋外トラック走よりも屋内トレッドミル走で高い値を示したことから、トレッドミルの方が負荷が高いという結果となった。
続いてバイオメカニクス的変数については、どちらの速度においても屋内トレッドミル走でストライド長(SL)が短く、ステップ頻度(SF)が高くなる傾向を示し、18km/h条件では有意な差が認められた。加えて接地時間(CT)に差がなかったものの、18km/h条件における滞空時間(AT)が屋外トラック走で有意に長くなった。これらのことから、屋内トレッドミル走は屋外トラック走と比較して、小さな動きで走行しているという結果が示された。
本研究の結果は、トレッドミルに1%の傾斜をつけることで屋外でのランニングとトレッドミルでのランニングのコストを等しくできることを明らかにしたJonesらの研究と異なる結果となった。
その要因として、CFP内臓シューズと従来のシューズでは、ランニング様式が異なり、屋外ランニングをトレッドミルで再現するためには、1%の傾斜は負荷が高くなってしまうことが考えられ、CFP内臓シューズの場合、トレッドミルの傾斜を1%よりも小さくしないと屋外走行を再現できない可能性が示唆された。
今後の検討すべき課題として、今回の実験の条件に傾斜をつけないトレッドミル条件を追加し、屋外でのランニングを再現する方法を検討する必要と、今回使用したカーボンプレート内蔵シューズと従来のシューズの比較による本研究の結果が従来のシューズでも再現されるのかを確認する必要の2点があげられる。
【結 論】
本研究では1%の傾斜をつけたトレッドミルでの屋内ランニングは同速度の屋外ランニングと比較して、生理学的強度が高く、 LTを超える強度においてバイオメカニクス的変数が異なることが明らかになった。
これらのことから、CFP内臓シューズを着用したランナーの屋外のランニングの生体反応評価をするためには、トレッドミルにつける傾斜が1%では過大に評価してしまう可能性があることが示唆された。
卒業論文投稿者
岩佐一楽 2023年3月 筑波大学を卒業
体力学 研究室 所属(指導教員:鍋倉賢治)
1年次に箱根駅伝6区出場
2年次に10000mで筑波大学記録となる28分41秒71を樹立
現在は、大塚製薬陸上競技部 に所属し活躍中