スポーツ科学・理論 [基礎知識]

トレーニングの関係性(トレーニング科学入門⑥)

◆トレーニングの関係性◆

前回までに、レース当日に「なりたい自分」に必要なパフォーマンスを創り出す作業がトレーニングであり、その成果を効果的に導き出すためには、トレーニングの原理・原則に則った適切なトレーニングの種類、負荷の選択が重要となりますと述べてきました。今回は、体力、技術、戦術それぞれのトレーニングにおける関係性の話をしたいと思います。

◆エネルギー変換の観点から◆

エネルギーは、下の図のように生体内で作られた生理学的エネルギーが、筋出力などの力学的エネルギーに変換され、最終的に走速度などのパフォーマンスとして発揮されるという流れとなります。

少し古くなってしまいますが、Jèquier and Flattの文献(1986)によると、生理学的エネルギーから力学的エネルギーへ変換される途中で、熱として73%が放出されてしまい、力学的エネルギーとして使われるのは27%とされています。一方、力学的エネルギーからパフォーマンスへの変換では、ロスの割合は一定ではなく、高い走技術の獲得やペース配分などの戦術によって少なくすることは可能であると言われています。

これらを基にランニングのパフォーマンス向上を考えると、体力トレーニングによって体内で発生できる生理学的エネルギーを大きくすることも重要ですが、同等にRunning Economy(走りの経済性)の面からも、そのエネルギーを効率よくパフォーマンスに変換するための技術・戦術トレーニングも重要であり、そのどれが抜け落ちてもパフォーマンスを高いレベルに持っていくことは難しいことがわかっていただけると思います。

◆体力と技術トレーニングの二面性と相対性◆

ウェイトリフティングの選手にとって、下の図のハイクリーンエクササイズは試合運動そのものであり、パフォーマンスに直結する技術トレーニングの位置付けとなりますが、その他の競技においては筋力向上を主目的とした体力トレーニングの位置付けとなります。同様にランニングにおける20km持続走の位置付けも、中距離ランナーにとっては走り込みという体力トレーニング、ハーフマラソンランナーにとってはレース距離におけるエネルギー配分や走動作の持続性を獲得するための技術トレーニング、マラソンランナーにとってはレースペースよりも速いスピードトレーニングというように変わっていきます。

このように一つのトレーニングにも、体力、技術トレーニングという二つの面があり、種目、レベルによってその位置付けは相対的に変化していきますので、常にトレーニング目的の理解と意識づけの徹底が必要です。

◆パフォーマンスへの昇華◆

トレーニングとはレース当日に「なりたい自分」に必要なパフォーマンスを創り出す作業であり、マラソントレーニングで考えると、42.195kmを走り切る体力を養成し、目標のゴールタイムを達成できるスピードを維持し続ける走技術を獲得した上で、それをレース当日に最大限発揮ためのパフォーマンスに昇華させていかなければなりません。そのためには、適切なペース配分やコース攻略などの戦術や心身ともにベストな状態に持っていく戦略的コンディショニングなどのよりレースに即した戦術・戦略トレーニングが重要となります。

このことは、村松尚登さんが「スペイン人はなぜ小さいのにサッカーが強いのかという著書の中でリフティングは上手いがサッカーが下手な日本人と述べられていることに通ずるものだと思います。動かないコーンを並べたドリブル練習、二人向き合ってのパス練習、キーパーのいないシュート練習などパフォーマンスに直結した技術獲得のトレーニングとして重要ですが、それを試合でのパフォーマンスに昇華させるまでが本当の意味でのトレーニングだと言えるのではないでしょうか。

◆競技力+人間力=パフォーマンス◆

パフォーマンスを最大限に発揮するための優れた戦術を組み立てるには、その戦術を実行出来得る高い精度の技術が必要です。その高い精度の技術の習得には精度の高い反復練習が必要であり、体力という大きな土台が必要となってきます。この戦術×技術×体力で構成される力が、ここでは大きな意味での競技力(パフォーマンス)と区別して、狭い意味(狭義)での競技力にあたると思います。

この競技力を構成する体力という土台をより大きくするためには、単調で時間のかかるトレーニングを粘り強く取り組むことが唯一の方法です。そのためには、自分を律し(自律)、自分で考え(自立)、決断(責任)することによって「何が何でも目標を達成するんだ」という強い意志を維持し続けないと、簡単に崩れてしまいます。この自律、自立、責任、強い意志によって構成される力が競技力に対して人間力にあたると言えます。

競技力は、競技のやり方であり、人間力は、競技者としてのあり方と言い換えることができます。パフォーマンスが競技力+人間力で構成されることからも、競技のやり方だけをいくら学んでも、そこに競技者としてのあり方が身に付いていなければ、パフォーマンスの向上は難しいということは明らかです。つまり、パフォーマンスの向上とは目標達成に必要な競技力の創造と競技を通した人間的な成長という2つの目的(ダブルゴール)をともに達成することだと言えます。

次回は、体力トレーニングの基礎理論についてお話したいと思います。

この記事を書いた人
木路 コーチ
20年間、自身の競技と指導活動で大塚製薬陸上部にお世話になったのち、筑波大学大学院のスポーツマネジメント領域に進学し、高度競技マネジメントの研究に携わり、現在、大学生の長距離指導者としての人生を歩んでいます。 専門分野としては、コーチング学(目標論、方法論、評価論)とスポーツマネジメント学(組織論、強化システム論、企業スポーツ論、地域スポーツ論)となりますが、そんな堅苦しいことではなく、自分を育ててくれた「ランニング」で得たものを使って、何かしらの恩返しができれば良いと思っています。よろしくお願いいたします。

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