スポーツ科学・理論 [基礎知識]

体力トレーニングの基礎理論(トレーニング科学入門⑦)

◆スポーツの世界における「体力」◆

前回では、パフォーマンスを構成する心・体・技それぞれの要素の関係性、特に体力トレーニングと技術トレーニングはコインの裏表のような関係性であるというお話をしました。今回は、その体力トレーニングを理解する上での基本的な情報を提供したいと思います。

体力は大きく防衛体力行動体力の2つに分類されます。防衛体力は文字通り、生活をしていく中での、雑菌やウィルスなど生物学的なものだけでなく、空腹、不眠など生理的、不安や恐怖など心理的、人間関係などの社会的なものも含めた内外の様々なストレスに対する抵抗力のことを指し、行動体力は、身長、体重、身体組成など形態と筋系、心肺系、神経系など機能系要素で構成される身体運動能力を指します。一般的にスポーツの世界での「体力」とは、この競技力を構成する身体運動能力、すなわち行動体力のことを言います。

競技力を構成する体力(行動体力)は、下図のように様々な要素から構成されています。

そのため、第2回(ランニングとはどういう運動?)でお話しした競技構造をよく理解した上で、自身の競技の特性に応じた競技力を構成する体力要素を、適切な手段、方法で強化していかなければなりません。

◆体力トレーニングの効果を導くメカニズム◆

体力トレーニングの目的は、より多くの力を生み出す能力の強化、つまり、発揮できる力やスピードを高めるための筋・腱・靭帯の強化と疲労現象に耐え、長時間出力し続ける要因を高めるための心臓循環器系・呼吸器系・免疫系の強化だと言えます。そして、そのために身体各組織や器官に対して適度な負荷を課して適応現象(身体適応)を引き出すことが重要となります。

上図のように体力トレーニング効果は、トレーニング負荷という非日常的な刺激を与えて、体内の恒常性を阻害することによるストレスに身体が反応し、恒常性を維持(ホメオスタシス)しようとして起こる、形態的、代謝的、神経筋などの身体適応によってもたらされます。つまり、トレーニングのストレスに対して身体を守ろう(強くなろう)とする力を利用していると言えます。逆に言うと、心拍数や血中乳酸値、体温の上昇や筋損傷や筋グリコーゲンの減少など身体の恒常性を阻害する反応、すなわち疲労が生じないストレスレベルのトレーニング負荷では、効果は得られません。

これらのメカニズムによって、体力トレーニングの効果は下図のように、トレーニング期間での疲労期間から回復期間を経た後に、遅れて出てくるという特徴がみられます。このことからも、体力トレーニングの効果には疲労と回復が必ずセットであることが重要であり、疲労の生じないトレーニング効果は無いということを理解してもらえると思います。

そして、トレーニング期間での疲労に対して適切な回復期間をとることにより、超回復といわれる強化期間開始前よりも身体機能レベルの向上がみられる状態を引き出すことが可能になります。

◆フィットネスー疲労の関係◆

最後に体力トレーニングの効果がなぜ遅れて現れてくるのかということを体力(フィットネス)と疲労の関係性からお話ししたいと思います。トレーニングによって創り出される競技力は、トレーニングにより向上した体力レベルとトレーニングのストレスにより発生した疲労レベルとの差にあたります。下図を例にしてみると、トレーニング直後の体力レベルが+10、疲労レベルがー12とすると、創り出される競技力は、その差にあたるー2となります。

その後、トレーニングを調整する回復期間を設けることにより、体力レベル、疲労レベルともに減少していきます。ここで重要となってくるのが、疲労の減少スピードが体力の減少スピードよりも速いということです。極端な数字上の仮定の話となりますが、再び図で説明すると、トレーニング直後にー2であった競技力は、その翌日には(体力レベル+9、疲労レベルー9)、更にその2日後には体力が+6(2日前からー3)、疲労がー4(2日前からー5)の+2となっています。その後は、疲労も抜けていきますが、同時に向上した体力も低下していき、差は小さくなっていきます。

ですので、この体力レベルと疲労レベルの差を最大限プラスで大きくなる地点を見極めることが、トレーニング期間での疲労に対して適切な回復期間をとるということになると言えます。そして、疲労と回復の適切なバランスを見極めながらトレーニングの刺激を継続的に身体に与え続けることが、体力トレーニングの基本的な考え方であり、言い換えれば体力要素(フィジカル)の向上は、いかに疲労の波をコントロールできるかが鍵となると言えます。

次回は、この体力トレーニングの鍵となる、いかに疲労の波をコントロールするかというテーマでお話したいと思います。

この記事を書いた人
木路 コーチ
20年間、自身の競技と指導活動で大塚製薬陸上部にお世話になったのち、筑波大学大学院のスポーツマネジメント領域に進学し、高度競技マネジメントの研究に携わり、現在、大学生の長距離指導者としての人生を歩んでいます。 専門分野としては、コーチング学(目標論、方法論、評価論)とスポーツマネジメント学(組織論、強化システム論、企業スポーツ論、地域スポーツ論)となりますが、そんな堅苦しいことではなく、自分を育ててくれた「ランニング」で得たものを使って、何かしらの恩返しができれば良いと思っています。よろしくお願いいたします。

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